2010年03月06日

元気です

ジャム蔵くんところのブログに書き込みしたら、
あゆぞうさんが「ちったくん元気?」と聞いてくださったので記事にてお返事をば。


とってもとっても元気です。
そろそろ3歳半、体つきも顔つきもだいぶ逞しくなり、
「女の子ですか」と聞かれることもほとんどなくなりました。

行動や態度に頼もしささえ感じられる「ときも」あります。
普段は相変わらず、ただの甘えん坊のだだっ子ちゃんです。



特別にしていることと言えば救助犬の訓練くらいなもの。
これも変わらずのんびりと、できることが増えたら行動範囲も広がって
きっともっと楽しくなるね、くらいのつもりで、
それでいて真剣にやっています。

もちろんもし実際に活動するとなればそこは命の関わってくることですから、
私自身も救命救急の講座を受けたりしつつ、もちろんちったの安全も確保できるよう
訓練を進めています。

しかしちったの能力が必要とされる事態が起こりませんように、という気持ちの方が
ずっとずっと強いから、日常での方向性としては、
ちったの行動を制御できればできるだけ、
ちった自身の自由が広がっていく。
そういう目的も視野に入れて、という感じです。


というわけで、訓練風景など、ちょっぴり見ていただければと思います。
以下動画、すべて音出ます。ご注意ください。







まずは横について歩く。






あぁ。
私のダメ振りがもろ分かりです。ごめんよ、ちった。







次はついて歩いて止まってお座りしたり伏せしたり呼ばれたら来たり。






手前味噌で何ですが、すごいな、このきびきびした動き。
一緒にやっている間は以前との違いとか、あまり分からないのだけれど、
こうして客観的に見ると、改めてちょっとずつ上手になっているのに気づく。
横を歩くときのお互いの距離の近づいているところとか、
指示に従うまでの反応の早さとか、
私への注意が長く途切れないところとか。

ちなみに私、走って来たちったに飛びつかれて後ろによろけてます。
もちろん目の前でぴたっとお座りするのがはなまるなわけだけれど、
すっ飛んでくるちったがあまりにもかわいいので、
私の中ではそういうのはわりとどうでもいいです。
「おりこうさんだねー」って抱きしめちゃわないでいるのが精一杯です。







続きまして障害物部門。
まずはシーソー。





向かって右側が自然に下がっている状態の板を渡り、真ん中を過ぎると
左側が犬自身の重みで下がる仕組み。
これ、小型犬には特に難しいそう。
大きな子の場合には、体重で板が傾いた後すぐに安定するのだけれど、
軽い子は板がはずんでしまう。
だから「不安定な足場での重心移動」を習得するのが主な目的なのに、
そこに「この板はずむんですけど」な怖さも加わってしまう。
そのため、まだまだ私の助けが必要です。

が、これもずいぶん慣れた方なのだ。
初めは板が傾くというだけで飛び降りてしまっていたちった。
しかしそうすることがいつも、得策とは限らない。
だってその先が、さらに足場の悪い所だったらどうするのだ。
こういう機会にもっともっと、
「私の言うとおりにしていれば怖いことなんか何にもないよ」と
教えていってあげたいと思う。
危ないときこそ平常心。
慌ててしまうのが怪我のもとだ。







お次は動く足場を歩く練習。






これも以前は怖がったなぁ。
そしてやっぱり飛び降りちゃったんだった。
途中で止まらせたりするのもやはり安全度を高めるため。
人間には見えるけれど犬には分からない危険を回避するためには、
やっぱり犬が人間を信頼してくれていることが必要なこともあるのだ。
だいぶ「平気なんだ」って分かってくれるようになったね。
一回目、真ん中辺りで先生がこっそり置いてくれたおやつを食べてます。







最後ははしごの上り下りと、金網の上歩き。





これは金網で足元が見える上に、高さもあるという二重の難しさ。
はしごだって昔は2段くらい上がってやっぱりやめた、って飛び降りてたのが
こんなにするする登れるようになった。

金網の上を歩くのに至っては、ほんの一か月前まで一歩も進めなかったくらいなのに、
この日は一瞬ひるみこそしたものの、見事に渡って見せてくれた。


私はちったがこの手のものを怖がることを悲観していず、むしろ歓迎している。
何でも興味のあるものが見つかれば、止める間もなく飛び出していってしまうちった。
例えば高さで足がすくんで動けなくなってしまうなら、
思わず飛び降りたりしてしまうよりよっぽどいい。
もちろん恐怖心はちった自身の判断力を鈍らせてしまうことになるから
いろいろなことに慣れさせてあげるつもりだけれど、
それでもずっと、慎重さを失わないでいてくれればいいなと思う。





と、こんな感じで特段何もなく、いつも仲良く、たまにけんかしたりしながら過ごしてます。
あ、そうそう。
フリスビーもだいぶ空中キャッチできるようになりましたよ。
投げ手の腕がへぼいためになかなか距離は伸びませんが
それでもぱくっってしてくれると気持ちいいですね。
あの快感は癖になります。
今度三脚にカメラをつけて撮影したいと思います。
アップした際にはご教授、お願いしますね。

ニックネーム こた at 16:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 災害救助犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

思いもよらないこと

想像してほしい。


あなたがずいぶんルールを覚えて、最近野球が楽しくて仕方がない5歳くらいの子供だと。



ある日、いつものように楽しみにしている練習に行ったときのこと。

バッターボックスに入ると「今日は打ったら3塁に向かって走るんだぞ」、と言われる。

ずっと同じだったはずのサインが急に変えられたようで、コーチからの指示が理解できない。

打って走ってベースを踏んだら、落とし穴が掘ってあった。



もしそんなことが立て続けに起こったら、私なら泣きべそをかくだろうと思う。
混乱して、悔しくて。
もう野球なんかやらないもん、とすねてしまうのは間違いない。



10月初旬の救助犬訓練で、私はこんな経験をちったにさせてしまった。
捜索の間はきちんと捜すし発見もするのだけれど、何か焦点がずれているような、
いつものちったではないようなおかしな感覚が消えなかった。
ただ普段とは別の方にご指導いただいて、「そんなことは今まで一度も言われたことがないな」とか、
「今はそれをちったに望む時期じゃないんじゃないかな」などと内心思いながらも、
出される指示を次々にこなしていく以上の余裕は私にはなかった。



そして迎えた一週間後の訓練で。
ちったは訓練を始めて1年で、初めて「誤報」をした。





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こんな箱を2つ並べてどちらかひとつだけに人が入り、後から行って匂いだけを頼りに、
どちらかを判断して吠えるという捜索の基礎練習。
9月頃の時点ではとにかく捜索に対する集中がものすごくて、私が指示など出さなくとも、
出発地点へ行けば「やるんだやるんだ」と首輪をつかまれたまま大騒ぎをしていたちったが、
この日は久々に捜索を途中で放棄し、勝手に走り回りもした。
それでも何とか捜索中であることを思い出させたら、
人の入っていない箱に向かって吠えた。


ちったにしてみればきっと、吠えれば捜索を終われるから、と確認もせず適当に吠えたのだと思う。
私はとても悲しく、そして申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


あんなに捜索を楽しみにしていたちったが、あんなにはっきりと
「ぼくはこれ、やりたくない」と言うなんて。
たった一日の訓練の間にわずかなずれや不信感を積み上げてしまうことで、
私はちったの一番の楽しみを奪ってしまったのだと思ったら、
帰りの電車の中で涙が止まらなかった。







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一言で「救助犬の訓練」と言っても、いろいろなやり方、考え方がある。
そのどれが一番いいとか、どれを選ぶかとかいう以前に、
今のちったと(特に)私は、様々な方法を試してみる時期ではないのだということが
身に染みて理解できたできごとだった。


普段見てくださっている先生も素早くちったの変化を理解してくださり、
2、3少し変わった遊びをすると、もう後は11月まで、
訓練に関わるようなことは何もするな。
ボール遊びくらいならいい、とにかく頭を真っ白にしてやれ、と言われた。


私はもちろん言いつけを守り、私の感情の変化を敏感に感じ取るちったのため、
できるだけ訓練のことは考えないように、ただ毎日ちったをこねくりまわして
のんびりして過ごした。







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訓練のことを頭から追い出すのは、余裕の振りをこれもちったのためにしていたけれど、
本当のところ容易なことではなかった。
何しろ11月1日に、一年に二度しか開催されない試験を控えていたのだから・・・。

ニックネーム こた at 00:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 災害救助犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

不安定な足場の自主訓練

ちったの大きな課題のひとつ。
それがいろんな足場に慣れること。

何かに夢中になるとすぐ吹っ飛んで行くくせに、足元がぐらついたりすると躊躇する。
家の中でもたまに箱や物を積み上げて、
わざとその向こうに大好きなおもちゃを放ったりして慣れる練習している。
だけどその情景を載せてもただの散らかった部屋だから、
ベランダでの自主錬の様子をご覧ください。







まずこんな重しをふたつ置き、


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その上にプラスチックのなみなみ板を渡す。


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さあどうだ、勇気を出して歩いてみたまえ、と思ったら、








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植木鉢の向こう側を迂回した挙句、きゅうりのネットにひっかかり。







とうせんぼだぞ、


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と置いたぞうさんじょうろすらも避け、さらに奥にあるプランターの自然薯の上を歩き
再びこんなことになり。


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さらに進入禁止のダンボールを追加するなどの後、ようやく観念して板に足を乗せる。

が。




(注意:音出ます)








・・・そうきたか。
まあそうだよね、その方が断然簡単だもんね。


さらに障害物を増やして仕切り直し。
何度目かの挑戦でようやくこんなふうに体全部を乗せられるように。



(注意:音うるさいです)







まだまだおっかなびっくりだけど、よくがんばった。
忘れないうちにまた作って、練習しようね。

ニックネーム こた at 19:15| Comment(3) | TrackBack(0) | 災害救助犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月15日

捜す犬 −更新のままならなかった間の成長の記録−

前回訓練の記事で久々に写真を載せられたと思っていたら、
まんまとちったが写っていなかった。


ので、遅ればせながら動いて捜すちったをご紹介。
これはだいぶ前、5月の時点で「箱」を使って捜索訓練をするちった。





本来まったく鼻だけを使って捜索をするわけだけれど、
そもそも「捜索」ってどういうことなのかを強化して刷り込む過程で、
こんな風に呼んで気を引いてから隠れてもらう練習もする。


ずいぶん手前で隠れているのにいきなり遠くまで走っているのには、

・この時風が後ろから吹いていたこと
・犬には奥から捜す習性があること

などまっとうな理由がある。


箱のずっと向こうまで行ってもその後一切呼びも誘導もしないのに
戻ってきているのが何よりの証拠。
きちんと風下で箱から出ている隠れ役さんの匂いをとって、
見つけたよ、ここだよ、と吠えに戻ってきている。
まあこの段階ではまだ「捜索」の意識づけがそれほどはっきりしていなくて、
はしゃいで草むらを走っていったという部分も
あるにはあったと思うのだけれど。


8月のお休みのちいっと前からだから7月に入った頃か、
いやそれよりもう少し前からだったかな。
指導手である私も訳の分からない間に、実はちった、上級者捜索の初歩、
みたいなことをするようになっていた。

いわゆる「広域捜索」という、ある範囲のどこに隠れているのか分からない数人を
匂いだけを頼りに探し出す、というもの。
初めは指導手が指示を出しやすいように、紐をつけたままの状態で、
それでもちったの感覚を最優先するように、ちったの後を私がついて行く形で行う。
ここでいう「指示」というのは要するに、特にまだ「人を見つける」という認識が
薄い段階で、
本当に自由にさせると何をすべきなのかを教えづらい、
途中から捜していることを忘れて遊んでしまいかねない、
それを防ぐというような意味合い。

それに指導手は、犬の微細な反応を見分ける能力を備えなくてはならない。
私なんかはまだ分からないことも多いけれど、
指導手も上級になってくると、吠える、いわゆるはっきりとここだと確定する前に、
空気に漂う隠れている人の匂いを犬が捕えた瞬間を見分けることができるし、
吠えるという動作ひとつをとっても、その中でどれくらいの近さなのか(状況によってはどこにいるのか犬は分かっていても、すぐ傍まで近寄れないこともある)とか、
どうも匂いはするのだけれど、はっきりどことは分からない、とか
違いを区分できる。


犬は漂ってくる匂いを捕えるわけだから、そういった場合には後は人間が、
建物の構造や地形、天気や気温の変化から犬がせっかく捕えている匂いの
発生源を推理して、可能な限り近づけるように誘導が必要なときも当然ある。


そういうこともいきなり犬を放して捜させると、
当然人間は犬にぴったりついて行けっこないから、
見落としてしまいがちになって、なかなか学べないことになる。
んじゃないかと思う。


それでえーちったにはまだ無理だよう、きっとヒントとかあげなきゃいけなくなると思うな、
まあそれでもがっかりしないんだだめもとで、などと
指導手にあるまじき思いを隠したり隠さなかったりしながら、
どこにいるのか見当もつかない隠れ役さんを捜索してみることになった。


結論から言うとちった、見つけられる。
私があっけにとられている目の前で、がんがん進んでわんわん吠える。
ただ当初はまだ、捜す対象ではない見学の人や、野生の動物に気を取られたり、
途中でふと集中が切れてしまうことも多かった。


それがこの間の訓練では、いつも必ず嗅いでいた、
動物の巣(野生化したフェレットがいるらしい、見たい)があると思われている辺りも
後から思い返せばまったく鼻を近づけることもなく素通りしていた。


相変わらず、「飼い主いらないな」と言われるくらい、よく成長しているちった。
が、最近になって思うのは、どうもちったは覚えが早くて、
後になっていろいろ悩み出す性質なんじゃないかってこと。
おすわりとかふせとか、果ては足の間の八の字くぐりまで、
教えれば何でもわりとすぐ覚える。
それが時間が経つにつれ、だんだん精度が落ちてくる。
こちらの出している指示を分かっていて、
そんなこといいから早くごほうびちょうだいよ、とか、
うろ覚えだからふとした拍子にこんがらがって、
「あれ、これでいいんじゃないの」と困惑する、とか、
訓練士さんからの指摘では同じ言葉でも私の発声が微妙に変化する、とか、
いろんな理由が混ざっているんだろう。

きっと苦労して苦労してやっと覚えたことなら間違えないし決して忘れないのに、
そこをすらっと通り過ぎるものだから、後になってあやふやになるんだろうな。

せっかくちったの大好きな捜索、後になってどうしたらいいのーっとならないように、
今から考えて、対策を練っていきたい。


ニックネーム こた at 18:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 災害救助犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月08日

おとといの訓練

お久しぶりでございます。
みなさん暑さに負けずお元気でしたでしょうか。
しばらく見ぬ間にカウンターが1万を超えていました。
びっくり。


さて。
8月は暑さゆえ、無理はやめましょうとお休みになっていた訓練が、
この間の日曜日に再開された。
そして今回、私はこんなことになっていた。



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ブルーシートから頭だけ出して草むらでじっとしているの図






これはまだ人を捜す練習を比較的最近始めた子達用の、シートに慣れる練習での一幕。
ビニール袋のがさがさって音、苦手な犬は多いと思う。
ちったもそう、びくっとなる。
そして頭は出ているんだし、ただ座っているのと何が違うんだろうと思わないでもないけれど、
犬にとっては少しの違いが大違いらしい。
隠れている人のできるだけ近くへ行って吠えるのが基本で、それを理解している子でも、
例えば普段座っていることの多い隠れ役の人が地面に寝転がっているだけでも、
見つけて周りをうろうろして吠えなかったりする。

「何だろう、どうしたらいいんだろう。」

とでも考えているみたいに。


そういうことを踏まえて、苦手な音がしても臆せず近づいていけるように、
いろいろ変わった状況でも迷わず吠えられるように、こういう練習をする。


ちなみにこの日は近くまで来たら呼んであげるという練習方法だった。
とにかく人を捜すんだ、ということを認識させる。
その子の性質や訓練の進み具合によって、近くへ来ただけで、または吠えたら
ごほうびをあげて褒める。
そうやって繰り返して、「自分は人を捜してるんだ、見つけたらいいことがあるんだ」と
認識できるようになってきたらだんだん音で気を引かないようにしていく。


それでもできたはずのことが突然できなくなるときもある。
そうなれば無理強いはしない。
犬にとって訓練がいつも楽しいように、工夫をするのは人間の役目。


ちったは音なし、じっとしている人を連続で2人捜す組で訓練させてもらう。
少し前まではちょっと違う方向へ行くと、そのまま遊んだりしてしまいそうで
ひやひやしたものだけれど、
今回そんな心配はまったく無用。
放たれたらばーっと走って行き吠え、声をかけるとさあ次へとばかりに走り出して吠え、
終わってもあと4人くらいは捜すんだからというくらい前のめりだった。

楽しいんだなぁ、というかすごくやりがいがあって生き生きしていて、
そういう姿を見られて私も嬉しくて感無量、とかなっていると、
やっぱり「(必要なのは)犬じゃなくて指導手の成長だな。」とのお言葉。
そうなんだよね、よく分かっているのだけれど。
なかなか思うようにはいかないんだよな。

ニックネーム こた at 19:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 災害救助犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月04日

ちったのうつわ

何かがどうもしっくりこなくて、普段の遊びも控えめにしていたここ1か月。
やればやるほどちったとの距離が開いていく気がして、それならいっそのことと何もせずに過ごした。
訓練には行く、でもいえでは何もしない。
せっかく見つけた広場にも行かないでただ一緒にいる。
たまにちょっと遊ぶ、でも特別なことはしない。


子犬の頃は私が危険や問題に無知だったこともあったけれど、
ちったが見えないくらい遠くに行っても安心して待っていられた。
すごく楽しいとき、すごく嬉しいとき、おいしいとき、
ちったは必ずここへ来て、私に報告するって分かっていたから。
その頃のちったのうつわは大きいのがひとつ。
そこに何でもいいから放り込めば、それで満足してくれた。


1歳を迎える辺りからかな。
知恵がついてくるというか物事の仕組みが分かって来た頃。
子犬の頃ほどがむしゃらにではなく、少し周りが見え始めた上で、
毎秒新しいことを試す日々。
だんだんにちったのうつわが別れ始める。

匂い嗅ぎ
走ること
おいしい
何かの音
土の感触

それでもまだこの頃は、それぞれのうつわが整然とひとところに並んで、
しかもどこかでつながっているようだった。
前より時間はかかるものの、どれかにたくさん注いであげれば
だんだんに全部が満たされていく、そんな風だったと思う。


1歳半を過ぎる頃、そこに自己主張が加わる。
経験からも未知の世界が広がって、知らないことまで予想する。
見たこともないくせに、ここよりもっといい場所があるだろうと言う。
だんだん気が抜けなくなってくる。
うつわが完全に独立して、それぞれにきちんと注いであげないと満たされない。
それに気づけずに、すれ違いが生まれるようになったのも恐らくこの頃。


意識をして訓練を始めた2歳から半年ほど経った2歳半、現在。
特にこの1か月ほどは、霧の中にいるような気分で過ごす。
ちったがどうやっても満足しない。
ある程度までは行く、でも「こんなもんか」という顔をする。
諦めてほしくなくて、世界の外側はここまでって決めつけてほしくなくて、
ただどうしたらいいのか分からないから、できるだけ何もせずにいる。

ちったは確実に信号を発している。
「今だよ」「もっと速く」「もっとたくさん」。
それを捕えきれないのは私。
何をしてもまるでちったがいらついて、足踏みをしているよう。
分かってあげられない、追いつけない自分が歯がゆい。
私の限界を、ちったの限界にはしたくない。


そんな中、気まぐれで連れ出したいえの前。
前回2月28日(土)の訓練ではちったがひっきりなしに吠えて、
先生から私への指示も、私からちったへの指示も、まったく届かないという結果になった、
服従の練習をしてみる。
数日前の訓練で先生のおっしゃったこと、先輩たちから教えていただいたこと、
何度も繰り返し見た、当日のビデオの映像、いろんなものが頭の中でぐるぐる回る。

かちっと何かがはまるような感じで、突然ちったの欲求がよく分かる。
「そこ」って瞬間を捕えられると、ちったの目の輝き、表情が違う。
10m四方程度の範囲でちょこちょこ動き回るだけなのに、
ちったは地平線のはるか彼方を、大空のその向こうを、感じようとしているみたいだった。
大げさに聞こえるだろうけれど。

その時、ちったの中にうつわがあるのかもな、と考えた。
そしてそれは成長の遍歴を経て、今形も大きさも、場所や高さまでばらばらになった。
さらにそれが動き回ったり、影響を及ぼしあったり、大きさまでそのときどきで
変わっているのかもしれないなって。
ちょうどちったの中に銀河系がまるまるひとつ、入っているみたいに。


例えば日食を見ようとするなら、それが始まってからそこへ移動し始めるのでは追いつかない。
それがいつ起こるのかを知って、その時、そこにいなければ。
一度かちっとはまったからといって、それがいつでもはまる訳でもなくて
まだまだ不安ばかりけれど、
ちったのあの顔を見られるなら、ちったがいつもより大きくゆっくりな
寝息を立てられる夜をひとつでも多く迎えられるなら、
非力なりに精一杯、やっていこうと思う。

ニックネーム こた at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 災害救助犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月25日

感覚を研ぎ澄ます

=業務連絡=

マリちゃんのところからいらした皆様へ。

記事本編は記録のため、訓練の細々を書いています。
動画は一番下ですよ。




2月22日(日)も先週に続いて訓練。

私たちの通うところでは、訓練の種類はまず大きく分けてふたつ。
服従と捜索。

「服従」なんて聞いてどんなびしっとした厳しいものかと思っていたけど
始めてみるとそうでもない。
人間と犬、違う種類の生き物がお互いの言葉を勉強し合うというか、
紐がなくても見えない何かで繋がる練習というかそんな感じ。
もっと言うならそういう練習っていうのは24時間365日し続けるものであって、
この「服従」はその成果を分かりやすく見るための数ある方法のひとつって感じかな。

「捜索」は隠れた人を犬が主に嗅覚を使って捜す訓練、さらに方法がふたつに分かれる。
ちったの大先輩、マリちゃん


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達上級犬は一定の範囲内どこにいるか分からない想定遭難者を捜し、
ちったみたいなひよっこは、名前を呼んだりして散々気を引いていた人が目の前で隠れて、
その人のところへ走って行って「見つけた」って言うという、
幼稚園前の子供のかくれんぼのようなことをする。



ひよっこちったの相棒である私はほぼ毎回上級犬のときに隠れ役をする。
隠れていると人とか犬の動きが見られないじゃない、って思ったんだけどそれはそれ。
ちったが上級犬となった暁にはこの隠れ役ができる機会というのはぐんと減ってしまうわけで、
今しか経験できないこともきっとあろうかというもの。

先生や先輩が、毎回工夫を凝らした隠れ場所を決める。
その道すがら、先生が私をほめちぎる。
そうやって犬達だけではなく、人間も手なずけてしまうのだな。










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今回の隠れ場所は屋内。
前回に引き続き、引き綱を持ったままでの捜索訓練。
いつもなら犬が先行して私を見つけ、離れた場所から相棒が犬を呼び戻すから、
隠れている私が聞く音はこんな感じ。

静寂

かすかな足音、爪の音

息遣いと激しく空気を嗅ぐ音

耳の傍、顔の目の前での咆哮

犬を呼び戻す声

ふたたびの静寂・・・



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今回はもれなく相棒が引き綱の先についてくるので、それに人間の声が加わる。
それがね、みんなすごく優しい。


大きな声だったり「捜せ」とかいう命令形の語調からかもしれないけれど、
今まではほとんど遠くからとか、びしっと出す合図しか聞いたことがなくて。

「いたか? ここにはいないか?」とか
「ここ嗅いで。ここ」とか
「そこは開かないよ、こっちこっち」とか。

これまでだってきつくて厳しいとか、訓練の仲間に感じたことは一度もなかったけど、
何だか自分を省みることになって。
ちょっと私の思い通りに動かそうとし過ぎていたかな、勝手な部分があったかなって。
もっとちったの表情とか反応とか、言っていることに耳を傾けなくちゃいけないなと思った。


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隠れ役の醍醐味は何といっても見つけたときの犬の表情を見られることにあると思う。
冷たい地面でも、蚊の大群に取り巻かれても、これがあるからいいかと思う。
相棒さんでも見られないその瞬間を、本日公開。
特別に出演依頼をとりつけた、ネリマの大女優さんです。
撮影者の腕前は置いておくとして、抱きしめたくなるほどかわいいな。



ニックネーム こた at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 災害救助犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月16日

迷ったとき

「どんなに腹の中が煮えくり返っていたって声を荒げちゃだめ。
声の調子が変われば犬にとってそれは別の言葉。
どんな時も同じ言葉を同じように使わなきゃ。」とは先生の言葉。
確かにね。
短気な私はすぐに頭に血が上るから、いつも心に留めておかなければいけないことだな。


最近他の犬と走り回れる広場を見つけて最初の一週間は毎日通った。
広場まで自転車併走で片道15分ほど。
その後5、6匹の犬が直径およそ10mくらいの範囲の中で
追いかけっこやボールで遊ぶ、基本的に紐はなし。


実はしばらく前に反対の歩道にいた犬に突進して、
車道に飛び出してしまったちった。
そもそも訓練をする大きな理由のひとつは、そういうときにちったを止められるようになること。


しかも上級犬の試験や訓練を見ていて感じるのは、どんなに優れた捜索能力を備えていようと、
服従ができなければ実際使い物にはならないのではないかということ。


犬同士で遊ぶ、自由に走り回ることで、ちったの体が目に見えて逞しくなってきて嬉しい。
ちったが本当に楽しそうに遊ぶのを見るのも幸せだ。


ただ、広い範囲を(しかも他の犬という、とても魅力があるものが周囲にいる中で)走り回っているとき、
今まさに新しく到着した犬にご挨拶、と走り出そうとする瞬間、
引き綱なしで呼び戻したり動きを止めたりすることは現時点では失敗する可能性が高い。


私が追いつけもしない、手の届かないところにいる状態で私の号令に従わせるのは高度な技術。
この自由な遊びをさせはじめてから、どうせ届かないんだからと
こちらをばかにしている態度が見て取れることがあるような・・・。
たくさん遊ばせてあげたいし、それも重要な訓練の一部だと思っているけれど、
私たちの間の見えない紐が、薄れて細くなっていっているようにも感じるんだよな。


とにかく意味もなく呼び戻し褒めてごほうびをあげてすぐ放す、をできるだけ年中やって、
呼ばれたら来るのが反射反応になるようにと思っている。



2月15日(日)。
服従訓練は何となく相変わらず。
訓練の種類に関わらず、ちったはふっと関心が途切れるときがあって、
それをなくすのが課題。
私の動きを速くすることと、ご褒美とかけ声を今だって時を逃さずあげることかな。

捜索訓練は「これは家でかなりやってるな」とからかわれるほどの変化。
まだまだ完璧なわけではないけれども、少なくともこれから自分が何をするのか、
どんなルールで遊ぶのかはかなり分かってきている模様。
そしてこれが楽しくて仕方がない。
隠れ役の人に目の前でおやつをかざしながら、喉を痛めるほどの高く大きな声で呼んでもらっても
そっぽを向いていた最初の頃に比べれば、とにかく向こうへ走っていって
捜して見つけて吠えるんだ、という意欲は上がってきていると褒めてもらえた。

ニックネーム こた at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 災害救助犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月21日

足りない何か

それをど素人の私がちょっと訓練に行ったくらいで、
「こりゃどうも」といただいて帰って来られないことくらい分かってる。
それでも行くからには、訓練大先輩のおかあしゃんが言うように、
どれだけ盗んで来られるかはとっても重要。
あんなに楽しい所へ行って手ぶらで帰って来る手はないのである。

日々ちったと接するたびに抱く小さな疑問の数々が、
折り重なれば周りが見えず出口なんて永遠にないように思えてしまう。
そうやって彷徨う時間はできるだけ短い方がいい。

例えば今日の訓練で。




今回もちったの写真はありません・・・
ニックネーム こた at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 災害救助犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月14日

立ち返るところ

ちったが以前に受けた「服従捜索訓練」にはじまり、
数々の試練を突破してきた犬とハンドラーが、実際の現場に出て行く実力があるかどうかを見る
「実働認定審査会」のお手伝い兼見学に行って。


救助犬訓練においてちったはひよっこ、
その後ろを追いかけているような私が感想を言わせていただけるのなら。


犬にどんなに捜索意欲があっても、その能力がどんなに高いものであったとしても、
局面でハンドラーに従わせられないのでは、犬の持っているものを
余すところなく生かすことはできないのだなということ。


試験ではああしなければいけないこうしなければいけないというのとは別に、
こうすればこういうことが起きる、これをして欲しいならそれを先にさせてあげる。
そういう微細で数え切れないほどの決まりごとがハンドラーと犬の間にある。
それを探り出し、確立していくのが訓練という場、そして日々のありとあらゆる場面。


ちったと訓練を始めようと思ったのはそもそも一緒にもっといろいろなことをしたいから。
ちったが公共の場でおりこうさんにできるよう私が制御できればそれだけ、
一緒にたくさんの場所へ行ける。
いざ、というときに私の一声に確実に従わせることができれば危険も回避できる。
それが結果的に、ちったに最大限の自由を与えてあげられることになる。


そんな私の考えと、見学した試験の様子は見事に重なった。
救助犬の訓練、我ながらいい方法を選んだな。

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2008年12月05日

紐なし服従は大試練

先にお知らせしてしまおう。

訓練の大先輩、マリちゃんとおかあしゃんが、写真いっぱいの素敵な記事を作ってくれました。
ぜひ見に行ってくださいね。



11月30日(日)、この日ちったが受けた試験は4段階あって、
ひとつ受かると次の段階にその日のうちに進んでもいい仕組み。
体力もやる気も有り余っているちった、服従初級合格からもちろん次に進む、服従中級。


・横をぴったり付いて歩く。直線2〜30歩のジグザグを往復。
 最初紐付き、次は紐なしでやる。

そして(確か)ここからはずっと紐なしのまま。
・直線途中まで歩いてお座り、待てさせて対面、呼んで来させて自分の左横に座らせる。
・同じ要領で伏せ、待て、来い。
・高さ10cm程の木板を飛ばせて待てさせて自分が犬の右横に移動して座らせる。


この日、会場について様子見に一周して、
さてキャリーバッグの中で待機してもらいましょうか、というとき
一瞬の隙をついて彼方にたむろしている他の犬たちの方へ大脱走、
呼べど叫べど戻ってこなかったちった。


もともと普段は出来る戻って来いが、いやその他いろいろなことも、
お友達に会うともう嬉しすぎちゃって訳が分からなくなって
みんな吹っ飛んでしまうところがある。
それが当日も逃げ出されたものだから、私の不安といったらなかった。
この紐がなくなったら、そして犬の姿が視界に入ったら、普段の練習なんか関係なしに、
試験本番でもぴゃぁぁぁぁぁっと走り去ってしまうに違いない。
そして私の声なんか耳に届かなくて、追いかけていってふんじばる羽目になるのじゃないだろうか。


それがね。
そんな素振り、かけらも見えなかった。
初級の時や中級最初の紐付きではわずかにあった地面匂い嗅ぎの欲求すら、
紐なしになってからはどうやってか踏ん張って、封じ込めているみたいだった。


服従そのものが大好きな犬なんて、あんまりいないと思う。
誰だって自由に走り回って、匂いを嗅いで歩く方が楽しいに決まっている。
だから私が訓練を始めてから徹底してちったに刷り込んだのは、
これをがんばれば次には普段ただ遊ぶよりもっとわくわくすることが起こる、という仕組み。
これが終わればいっぱい遊んでもらえるんだもんねー、と
嬉々として従うようになるのが最終目標。
と思っていた。


この日のちったは、普段ほどは嬉しそうじゃないものの、普段より格段に難しい環境で
何だか覚悟を決めたみたいに見えた。
まるで私の不安を払拭していくように、ひとつ次の動作をするたびに、
だんだんちったと私の間に目には見えないけれど確実な何かが、繋がっていくようだった。
ちったが一瞬ごとに頼もしく、逞しくなっていくように感じた。
あぁ信じるってこういうことかぁと、頭の片隅で思った。
私が考えているよりずっと、ちったはいろんなことが分かっているんだな。


それでも試験は試験。
私自身でもきびきびさ不足だと思ったから、だめでもいいや、
今日の「こんなにできるんだ」っていう感じを忘れないで、またちびちびやっていこう。
と思っていたら何と結果は合格。
これまでにない手応えに、大きなおまけがついてきた。


普段一緒に訓練しているみなさんが、次々に寄って来ておめでとうをくれた。
もうちょっとでちったにすがりついて、泣いちゃうかと思ったよ。

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2008年11月30日

すごかったね ちった

きれいな晴空の下、私たちは試験会場にいた。
まさか自分がそんなものに参加しようとは、半年前にも考えていたかどうか。

好奇心旺盛でいつも目をきらきらさせているちった。
そのわくわくをずっと持ち続けてほしいな、そのために私にできることは何かな、と
考えている中出会った訓練という選択。
何のことはない、ちったと私の間で決まりごとを作って遊んでいくことで、
今まで散らばってそれぞれにおもしろかったことが、ちったの頭の中であれもこれも繋がって、
ちょっとどこから行っても楽しいんですけどこれどういうことでしょう、となるように
回路を作り上げていくというだけのこと。

これから受けていくことになるいくつもの試験もその過程に過ぎない。
とは言え舞い上がった。何が大事なのか少しの間見失った。
そして目に見えるように、音でも聞こえてきそうにちったがぐんぐんと成長した、
そんな日だった。


まずは服従初級。全行程紐付き。

・横をぴったり付いて歩く。直線2〜30歩を往復。
・直線途中まで歩いてお座り、待てさせて対面、呼んで来させて自分の左横に座らせる。
・同じ要領で伏せ、待て、来い。
・高さ10cm程の木板を飛ばせて待てさせて自分が犬の右横に移動して座らせる。

紐付きだから、いざちったが言うことを聞かなかったりしても修正が効くという安心感。
座れ待てで私につられて一瞬動きそうになったものの再びの待ての合図で難もなく。
驚いてしまうのは、ジャンプを何のためらいもなくできるようになったこと。

ほんの2か月ほど前までは障害物を見るとどうしても避けて歩いてしまって飛ばなかった。
飛べないんじゃなくて横を歩けば済むのに何でわざわざ飛ぶんだろう、
と不思議がっている様子だった。
そのことを訓練でマリちゃんちのおかあしゃんに話すと、車の中にあったステッキで
ちったの身の丈に合った障害物をその場でしつらえてくれて、横を通れないようにするといいとか
最初は少し離れた場所から歩いて一緒に飛ぶといいとか教えてくれた。
それで一緒にぴょいって飛んで、すごいねーって喜んでいたのが昨日のことのようなのに。
今は障害物の前へ歩いていくと、飛びたくてうずうず、もういい?って私の顔を見るようになった。

それに元を辿ればこの犬は、
散歩中信号待ちで立ち止まるだけで早く行こうと鳴き始め止らなかったのだった。
それが短い距離とは言え、横に付いて歩くのが当然とばかりに立派にやり遂げた姿、
あの頃の私たちに見せてあげたいなと思う。
服従初級、合格。

ちったがもっとすごかった様子はまた後で。

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2008年11月24日

昼なお暗い藪の中

訓練4回目。
後半の私の視界はこんな感じだった。


IMG_6936_s.jpg





ひよっこちったはまだ参加しない内容の訓練。
映画「ジュラシック・パーク」では恐竜は動かないものを獲物として感知できない、ということで
息を潜めてじっとしているなんて場面があったな。
雨の中、地べたに座り込んで真逆の思いで音を立てずに待っていると、
犬が、雨も藪も傾斜もものともせず、私の匂いだけを頼りに探し出し、
他の人間が来るまで合図のためにそばで吠え続けてくれる。





(明るめにして撮った写真)

IMG_6935_s.jpg



本当に道に迷ったり動けないわけじゃないから心細いということはないのに、
それでも静かな(しかも寒い)中、遠くから聞こえてくる人が犬に出す合図の声や、
思いも寄らないところからする、犬の立てる小さな小さな足音、葉っぱの擦れ合う音、
そしてそれがだんだんに近づいてくるのには心底ほっとする。


一方のちったはというと、前半で私の横について歩く練習。
いつもはできてるもんね、と思ってもできなかったりするものだ。
今回は地面の匂いかぎがやめられなかったり、途中に犬がいるとそっちへ逸れてしまったり。
一応一通りこなせはするものの、一緒にしようとしている以外のこと、
ちった自身がそのときにしたいことを優先させてしまうときがあることについては、
もっとはっきりいけないことの合図を出すように言われた。
並んで歩くくらいなら、紐なしでも厳しく従わせることはできるのだけれどもね。
私の言うがままじゃなくて、ちったがすすんで合図どおりに動くようにしたいから、

・合図の通りにしたらいいことがあって嬉しくってわぁびっくり

の刷り込みを強化して続けることにする。
地面を嗅ぐことも、他の犬に挨拶に行くことも、それ自体がいけないわけじゃないからね。
合図で私に集中することを徹底できるように。


その後はちったにおやつをくれた人が10m弱離れたところに移動してしゃがんだら、
そこへ近づいていって吠える練習。
これは大丈夫。


その次。
「じゃあ今度はずっと離れて向こうを向いて待っててね」
「はい」
と言われるがままにして、振り返ると


こんな箱が、

IMG_6474box_s.jpg




平地にふたつ並んで置いてあって、そのどちらかにさっきと同じ人が入っているらしい。
らしいって今までに他の犬がしているのを見たことはあって、ちったも私が気を引きながら
箱に入ったのを追いかけるようにして来て吠えたことはあったのだけれど。
まさかひよっこちったがもうこんな試練に挑戦させてもらえるとは予想外で。
そんなだけどちったを見るとじっと箱の方を見据えている。
合図を出して放すと箱に向かって歩き出す、途中傍に立っている人の方へ寄って行きはしたが、
箱の中からこんこんと音を立ててもらったことも手伝って、ふうっと箱へ向かう。
みんなから離れて後ろ向きに立って、これは新手のじっと静かに待つ練習かな、
なんて思っていたところからまだあまり切り替えの出来ていない私をよそに、
しっかりこっちの箱の中に人がいる、と吠えまくっておやつをもらい
いっぱい褒めてもらっていたのだった。
実際は何だかすべてが夢のようで、はっきり覚えていないのだけれど、
ちったの方が何をどうするべきなのか分かっていたのは確かだな。


それまでは私とちった、一対一でこの手の練習をしていて、待てをさせて隠れて
それを解除すると同時に捜す合図を出して、しばらくちったが来ないでいると
まだ捜しているのか、そもそも何をするのか分かっているのかはっきりせずにいた。
見つけやすいように隠れたり音を出したりして、必ず見つけて褒めてもらって終われるようにして。
どうやらちったは何をするのか分かりつつはあるらしいことと、
私の目で見る限りでは余計な勘違いなどもなく練習できているようであることが、
今回の訓練で分かってよかった。
あとは面倒くさがらないで、工夫を怠らないで、ちったが楽しい、もっともっとって
思い続けられるようにしていくことだな。

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2008年10月28日

くんれんくんれん

10月13日(月)、26日(日)、
またまた「最高に楽しい遊び」に行ってきた。


国鉄、地下鉄を乗り継いで、駅に着いたらキャリーバッグから出て歩く。
私の苦手な東京だけど、ちったは気にせずどんどん行くね。
会場に近づくにつれて興奮は高まっていく。
3回目にしてもう、ここに来たら楽しいことがあるって覚えているみたい。
しかも嬉しくて訳が分からなくなるという感じじゃない。
楽しみで仕方がなくて、傍目に見ても大はしゃぎだけど、
いいこにしてたら後で遊べるんだよね、と思っているのか聞き分けは悪くない。
いいことだ。


都会の中に忽然と出現する薮と、廃墟と見紛う程に怪しく連立する建物。
そこに犬飼いと犬達が集まって、訓練や勉強や、情報交換をする。
ちったを連れて、まだまだ慣れない私には、写真を撮る余裕が、
いや撮りたいなと思う余地があまりないようで。
今回も文章ばかりの記事になりそうです、ごめんなさい。


私とちったは「しつけ教室」というものに、1度しか参加経験がないから
ほんとのところはよく分からないのだけれど、
一般のお教室の、先生がひとりまたは数人いて、
飼い主は指導を受けて質問をするだけとはちょっと違う。
朝9時から夕方4時まで外にいっ放し、寒いとかあれ雨?とか蚊に刺されたよとか言いながら、
訓練の合間に話しているのか、話す合間に訓練なのかという具合で進んでいく。
そして指導をしてくれるのは先生だけじゃない。
経験を積んだ先輩方からもいろいろ教えていただけて、人の訓練を見て
学べることもたくさんある。
そんな間も、一分一秒が情報交換の場。
とりとめもないことからへぇぇと感心しきりなことまで、話の種は尽きることがない。
とにかく一度出かけていくことで、得られるものがとても多い。


それに何よりも、みんなでよってたかって犬達を可愛がっている感じがいい。
それぞれが自分の犬にだけじゃなく、自分の犬にするように他の犬のことも、
愛でて、気にかけてくれる。


さて肝心の訓練は。
結果から言うと、今回は以前に増して気もそぞろだったちった。
平地の、すぐ見える場所にある箱を使った捜索では、出発地点からおやつを見せながら、
声を出してちったの気を引きながら箱に向かうのに、少し離れるとすぐ
ちったの注意が他に逸れてしまう感じがした。
それは他の人が隠れてくれるときにはより躊躇で、どんなに声を嗄らして名前を呼んでもらっても、
気持ちがあちこちに向いてしまうようだ。
まぁ何をするのかまだ、頭の中ではっきり回路が繋がっていないんだろうなとも思うが、

・ごほうびに工夫をして飽きさせないようにする
・訓練にかちっと切り替わるように、日頃から遊びへの盛り上げを形式づける

などを頭に置いておこう。


脚側歩行ではまず最初の座った時点でこんな風にてろんとなって、

IMG_6701_s.jpg

「座らせるのもここ、ってこだわりを持ってできるようにならないとな。」と早速のご指導。
確かにね。
ご飯の前や散歩中に落ち着いて欲しいときにお座りをさせるわけだけれども、
別に私の真横や真正面で、ぴっとする必要は今まで全くなかったからね。
横座りでも気合入ってないなぁと思う反面可愛かったりもして。
ただ効力には波があった。
家でごはんを前にしたら30分でも真っ直ぐじっと座っていられるのが、
散歩中他の犬に合ったときには数十秒もいられないとか。
さっきの「遊びへの盛り上げを形式づける」と通じるところがある、

・合図の通りにしたらいいことがあって嬉しくってわぁびっくり

っていう気持ちをもっと刷り込むことだな。
だらだら曖昧に遊ばないで、遊ぶときはぴっと遊ぶ。
ちったは期待感というのはいつもものすごく持っていて、それはもう私が
右についていた肘を左にしただけでも、何かいいことが起こるかもってさっと動くんだから、
後は何をすればどんないいことが起こるのか、はっきり示してあげるだけでいい。
一番良くないのは私自身がどうしたいのか、何のためにそれを覚えさせようとしているのか
分からないでいる状態。
それが明確になっただけでも、普段の練習に芯が通るというもの。


次の訓練ではもっともっと、2倍も3倍も楽しめるように、
毎日一緒に練習していこうね。

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2008年09月28日

最高に楽しい遊びをしてきたよ

大満足で眠るちった。
顔を撫でたら「うーん」とうっとうしそうにされた。
私がトイレに入るだけで永遠の別れのように悲痛な顔はされたことがあっても、
拒否されるなんて初めて。

IMG_6486_s.jpg





もちろんこれからもっともっと、私といると楽しいことがあると覚えてもらうつもりだけれど、
可愛がってくれる人が他にもいて、楽しいことはたくさんあって、それを知るのも大切なこと。
ちったの世界を広げる計画、なかなかの滑り出しだね。
たくさんごきげんな夢を見ておやすみ。

IMG_6491_s.jpg

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