2009年02月16日

迷ったとき

「どんなに腹の中が煮えくり返っていたって声を荒げちゃだめ。
声の調子が変われば犬にとってそれは別の言葉。
どんな時も同じ言葉を同じように使わなきゃ。」とは先生の言葉。
確かにね。
短気な私はすぐに頭に血が上るから、いつも心に留めておかなければいけないことだな。


最近他の犬と走り回れる広場を見つけて最初の一週間は毎日通った。
広場まで自転車併走で片道15分ほど。
その後5、6匹の犬が直径およそ10mくらいの範囲の中で
追いかけっこやボールで遊ぶ、基本的に紐はなし。


実はしばらく前に反対の歩道にいた犬に突進して、
車道に飛び出してしまったちった。
そもそも訓練をする大きな理由のひとつは、そういうときにちったを止められるようになること。


しかも上級犬の試験や訓練を見ていて感じるのは、どんなに優れた捜索能力を備えていようと、
服従ができなければ実際使い物にはならないのではないかということ。


犬同士で遊ぶ、自由に走り回ることで、ちったの体が目に見えて逞しくなってきて嬉しい。
ちったが本当に楽しそうに遊ぶのを見るのも幸せだ。


ただ、広い範囲を(しかも他の犬という、とても魅力があるものが周囲にいる中で)走り回っているとき、
今まさに新しく到着した犬にご挨拶、と走り出そうとする瞬間、
引き綱なしで呼び戻したり動きを止めたりすることは現時点では失敗する可能性が高い。


私が追いつけもしない、手の届かないところにいる状態で私の号令に従わせるのは高度な技術。
この自由な遊びをさせはじめてから、どうせ届かないんだからと
こちらをばかにしている態度が見て取れることがあるような・・・。
たくさん遊ばせてあげたいし、それも重要な訓練の一部だと思っているけれど、
私たちの間の見えない紐が、薄れて細くなっていっているようにも感じるんだよな。


とにかく意味もなく呼び戻し褒めてごほうびをあげてすぐ放す、をできるだけ年中やって、
呼ばれたら来るのが反射反応になるようにと思っている。



2月15日(日)。
服従訓練は何となく相変わらず。
訓練の種類に関わらず、ちったはふっと関心が途切れるときがあって、
それをなくすのが課題。
私の動きを速くすることと、ご褒美とかけ声を今だって時を逃さずあげることかな。

捜索訓練は「これは家でかなりやってるな」とからかわれるほどの変化。
まだまだ完璧なわけではないけれども、少なくともこれから自分が何をするのか、
どんなルールで遊ぶのかはかなり分かってきている模様。
そしてこれが楽しくて仕方がない。
隠れ役の人に目の前でおやつをかざしながら、喉を痛めるほどの高く大きな声で呼んでもらっても
そっぽを向いていた最初の頃に比べれば、とにかく向こうへ走っていって
捜して見つけて吠えるんだ、という意欲は上がってきていると褒めてもらえた。

ニックネーム こた at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 災害救助犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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