2007年11月24日

もっときびきびしよう

この間ドッグランに行って。
ちったはずっとずっと走り回っていた、いろんないぬともごあいさつできた。
ただ、私はあんまり楽しくなかった。
何だか他人にでも預けてしまったみたい、一緒に過ごしたって感覚がなくて。

ちったは体力を発散できたと思う。
でも、交流に飢えていた、一体感が欲しかった。

このままじゃバターの替わりにマーガリンを使ってるみたい。
何かをごまかしている。
ちったを追いかけながら思った。
事故が起こらないようにこうしてついて回っていても、何かが起こったとき私は止められない。
聞こえない振りもする、本当に聞こえなくなってしまうこともあるちったの耳に
私の声が必ず届いてしかも意味のあるものになるように、日頃からするべきことが
頭の中を駆け巡っていた。

楽しいはずのドッグランで加害者になることも被害者になることも止められないのなら
私は心から楽しめない。
散歩で引き綱を過信して、それが手からすべり落ちたとき、車道に走るちったを止められなかったら。
少し想像するだけでも恐ろしい。

大げさに騒いでいるのではなく、最悪の事態をいつも描きながら日々を過ごさなければ
事が起こったときに出来ることなど何もないというのが私の持論。
走り去るちったに私の声が届かないのだとしたら、一体どうやって助けることができるのだろう。

この一週間、今までにないほどちったを綿密に観察してきて、
ここに書ききれないくらいたくさんの気づいたことがあった。
興奮すると抑えが効かなくなってしまうこと、言葉の意味が分かっても欲求が
太刀打ちできないほど大きくてどうにもできないときがあること、
ちったの仕草、ちったのことば。
そして導き出した、いくつかの結論。

・練習は楽しくする−私もちったも楽しくないことはしたくないから(当たり前)
・注意するのも褒めるのも一瞬を逃したら意味がない−ちったは理解できない
・練習は短く何度も−長かったらすぐ飽きる
・注意する3倍以上褒める−いやなことはよく覚えている、でもそれで抑制はできない
                 嬉しかったこともよく覚えている、その記憶で抑制ができる

要するにちったのことをもっとよく見てもっと気にして、些細な動きも見逃すなってことだ。
そして私がいつも楽しんでいること。
ちったと一緒にいて幸せだって一秒一秒伝えていくこと。
それだけでもちったは、私の言うことすることに意味があるんだと納得してくれる。

ちったは今キャリーバッグの中。
ときどき声も出すけれど、3回目の今日は一緒に入れたコングでも遊べているみたい。
初回のただ不安で不満でたまらなかった様子からすればものすごい進歩。

少しずつ、いろんな方向から手を添えて、私の声でぴたっと止まれるちったに導いていく。
そうしたらドッグランでもリードなしで、思いっきり遊ぼうね。


ダースモールみたいに身軽になって。でもダークサイドには堕ちないでね。
IMG_5210_s.jpg



ニックネーム こた at 20:19| Comment(6) | TrackBack(0) | 訓練 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
犬の訓練は、ほんとに地道で大変なことですよね。
いつも真剣に取り組んでいるこたさんの、ちった君の深い愛情を感じます。

実はね、ハルは超社会不適合な犬なんです。
家族以外はだめで、犬もだめです。
怖がりなハルの性格もありますが、そうしてしまったのは、きっと私達家族だと思います。
色々と、試してはみたのですけど。

最近は、家族の中で仲良くやれてたらまぁいいかーっと、割り切ってますが、
本当は、みんなにかわいがってもらえる子になって欲しかった・・・。
こんな私が言うのもなんですが、
こたさんには、がんばってほしいなー。
ちった君も、社交的な性格そうだし。
応援してます(*^_^*)
Posted by ハルミズキ at 2007年11月24日 22:05
こたさん、いつもいつもちった君のことをとっても大事に
思っていて、わんこの訓練にも力をいれてて、
ただただ私は、すごいなぁ〜っと思うだけです。
ちった君は、これからまだまだ沢山のことを経験して
きっと良い子に成長しますよ!
だって、こたさんがこんなに頑張っているんだから!
これからも、あんまり無理せず頑張ってくださいね。私も頑張ります!
Posted by mako at 2007年11月24日 23:20
♪ハルミズキさん こんばんわ♪

あわてて先を見てしまうと気が遠くなるほど地道なことですね。
目の前のことからひとつずつ積み重ねていかないと。
しかもせっかく積んだのにがらがら崩れることもあるし。
でも何でもそうかなって思います。
英語の学習とも似ているところがあると思いませんか。
そこに他者(ちった)がある分責任が重いんですよね。

私が一度だけ行ったパピーパーティーの先生は
他の子と一緒に遊べないのはその子の性格だから仕方なくて
むしろ嫌な時に嫌という意思表示がいぬの言葉で出来ないことを
社会性がないと呼ぶのだとおっしゃっていました。
そういうのって飼い主が何をそのいぬに望むかでいいんですって。
どうしても他の子と遊ぶ姿が見たければ本当に少しずつ、
慣らしていく道もあるし、
家族の中で可愛がられて幸せならそれもいいんだそうです。
ハルちゃんはハルミズキさんがちゃんとどんなことが好きで
どんなことが嫌なのか分かってあげているから幸せだと思います。
その上でいろいろと試されたのだからえらいです。
私ももっともっと柔軟に、臨機応変にやっていきたいです。
ひとつで諦めずに、それがだめなら次はこれってね。
応援ありがとう。
これからもよろしくね。
Posted by こた at 2007年11月25日 18:40
♪makoさん こんばんわ♪

応援ありがとうございます。
時々がんばればいいってもんじゃないよって自分でも思います。
ただ、楽をしておいしいところだけは取れないな、と痛感している毎日です。
ちったのぴいぴい鳴きだって必死にいろいろやっても
効果がなければお互い嫌な思いをしただけになってしまいます。

私は多分、しつけが上手な方ではないんです。
だから仰々しいくらい細かいことに気をつけていないと
ちったがどんどん困ったことを学んでしまうんですね。
winくんは4人家族に囲まれて、いつでも走り回れる場所があって
それはそれは幸せだよね。

「ひとりで」「病気からの回復中に」「ジャックを選んで」
飼ったからには責任をまっとうしようと思います。
Posted by こた at 2007年11月25日 19:02
しっかりした躾ってどれだけやってもやはり不測の事態って考えうることなんですよね。
うーん、うまく表現出来ないけど、ちょろこは初対面のワンコとはまず仲良く出来ない。だからドッグランには行かないし、散歩中でも知らないワンコがいたら短く持ってさっと逃げるように去る(苦笑)ちょろこをその場で叱ったり、ダメと言って躾けるより、怒る叱る状況を少なくしてあげるってもの手かと。。
もちろん色々経験させて学ばせることは大切だけど、混乱させるほどの学びは返ってお互いしんどいと思います。

ゆっくり、ゆっくり、その子の個性を生かして、楽しく頑張ってください。
Posted by ちょろひこ at 2007年11月26日 09:54
♪ちょろひこさん こんばんわ♪

お互いしんどいって言葉、胸にずーんときました。
確かにそう。
ちったにだめって言ってもなんで、どうしてって顔をすることが多くて
それを説明するのは難しい。
ただ理解できないから放っておいていいということでもないし。
どうしたらいいんだろうって悶々と、煮詰まっていたところです。
ちょろひこさんの言うような、これがだめならこの方法、
って言うのがどうも私、へたみたいで。
何で出来ないのってつい頭に血がのぼってしまうんです。
ちったもそれは感じ取っていて、だから余計に張りつめてしまう。
それでもっとちゃんとちったのことを見てあげて、
合った方法を探し出したいと思っているわけです。

ちったと私はやっと始まりの地点に立ったところ。
諦めるのはいつでもできるから、これからもいろいろと試してみようと思います。
ただし、楽しくね。
貴重なご意見、ありがとうございました。
Posted by こた at 2007年11月28日 00:32
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