2009年11月07日

思いもよらないこと

想像してほしい。


あなたがずいぶんルールを覚えて、最近野球が楽しくて仕方がない5歳くらいの子供だと。



ある日、いつものように楽しみにしている練習に行ったときのこと。

バッターボックスに入ると「今日は打ったら3塁に向かって走るんだぞ」、と言われる。

ずっと同じだったはずのサインが急に変えられたようで、コーチからの指示が理解できない。

打って走ってベースを踏んだら、落とし穴が掘ってあった。



もしそんなことが立て続けに起こったら、私なら泣きべそをかくだろうと思う。
混乱して、悔しくて。
もう野球なんかやらないもん、とすねてしまうのは間違いない。



10月初旬の救助犬訓練で、私はこんな経験をちったにさせてしまった。
捜索の間はきちんと捜すし発見もするのだけれど、何か焦点がずれているような、
いつものちったではないようなおかしな感覚が消えなかった。
ただ普段とは別の方にご指導いただいて、「そんなことは今まで一度も言われたことがないな」とか、
「今はそれをちったに望む時期じゃないんじゃないかな」などと内心思いながらも、
出される指示を次々にこなしていく以上の余裕は私にはなかった。



そして迎えた一週間後の訓練で。
ちったは訓練を始めて1年で、初めて「誤報」をした。





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こんな箱を2つ並べてどちらかひとつだけに人が入り、後から行って匂いだけを頼りに、
どちらかを判断して吠えるという捜索の基礎練習。
9月頃の時点ではとにかく捜索に対する集中がものすごくて、私が指示など出さなくとも、
出発地点へ行けば「やるんだやるんだ」と首輪をつかまれたまま大騒ぎをしていたちったが、
この日は久々に捜索を途中で放棄し、勝手に走り回りもした。
それでも何とか捜索中であることを思い出させたら、
人の入っていない箱に向かって吠えた。


ちったにしてみればきっと、吠えれば捜索を終われるから、と確認もせず適当に吠えたのだと思う。
私はとても悲しく、そして申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


あんなに捜索を楽しみにしていたちったが、あんなにはっきりと
「ぼくはこれ、やりたくない」と言うなんて。
たった一日の訓練の間にわずかなずれや不信感を積み上げてしまうことで、
私はちったの一番の楽しみを奪ってしまったのだと思ったら、
帰りの電車の中で涙が止まらなかった。







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一言で「救助犬の訓練」と言っても、いろいろなやり方、考え方がある。
そのどれが一番いいとか、どれを選ぶかとかいう以前に、
今のちったと(特に)私は、様々な方法を試してみる時期ではないのだということが
身に染みて理解できたできごとだった。


普段見てくださっている先生も素早くちったの変化を理解してくださり、
2、3少し変わった遊びをすると、もう後は11月まで、
訓練に関わるようなことは何もするな。
ボール遊びくらいならいい、とにかく頭を真っ白にしてやれ、と言われた。


私はもちろん言いつけを守り、私の感情の変化を敏感に感じ取るちったのため、
できるだけ訓練のことは考えないように、ただ毎日ちったをこねくりまわして
のんびりして過ごした。







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訓練のことを頭から追い出すのは、余裕の振りをこれもちったのためにしていたけれど、
本当のところ容易なことではなかった。
何しろ11月1日に、一年に二度しか開催されない試験を控えていたのだから・・・。

ニックネーム こた at 00:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 災害救助犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする