2009年03月25日

優先順位

まだまだいろいろ悩み中。

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あれもこれも、どう解決したらいいのやら。

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でも思った。
「かわいいが 一番だったら大丈夫」って。







いろんなひとに、いっぱい褒めて、かわいがってもらって。

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目指すべき先輩もいて。

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だから悩んでも、ちったのことが大好きで、
目が合うとこねくりまわしたくなるほどかわいいから、
きっと大丈夫なんだなと思う。






ちったには私に見えない、道を見据えているのかもしれないね。

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ニックネーム こた at 21:15| Comment(2) | TrackBack(0) | ジャックラッセルテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月09日

ちったの材料

お布団の中で。
ちったがぴとっとからだの一部をくっつけてくる。

頭のてっぺん、とか。
足の先っぽ、とか。
お尻の真ん中、とか。

そういうときに何だか、あぁちったはちったでできてるんだなぁ、と思う。
爪の先までちったが詰まっていて、それがにじみでて私に伝わってくるみたい。

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昔くまが自分は何でできているか考えるおはなしがあったなぁ。
あの子は結局、何でできていたんだっけ。

ニックネーム こた at 04:52| Comment(2) | TrackBack(0) | ジャックラッセルテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月04日

ちったのうつわ

何かがどうもしっくりこなくて、普段の遊びも控えめにしていたここ1か月。
やればやるほどちったとの距離が開いていく気がして、それならいっそのことと何もせずに過ごした。
訓練には行く、でもいえでは何もしない。
せっかく見つけた広場にも行かないでただ一緒にいる。
たまにちょっと遊ぶ、でも特別なことはしない。


子犬の頃は私が危険や問題に無知だったこともあったけれど、
ちったが見えないくらい遠くに行っても安心して待っていられた。
すごく楽しいとき、すごく嬉しいとき、おいしいとき、
ちったは必ずここへ来て、私に報告するって分かっていたから。
その頃のちったのうつわは大きいのがひとつ。
そこに何でもいいから放り込めば、それで満足してくれた。


1歳を迎える辺りからかな。
知恵がついてくるというか物事の仕組みが分かって来た頃。
子犬の頃ほどがむしゃらにではなく、少し周りが見え始めた上で、
毎秒新しいことを試す日々。
だんだんにちったのうつわが別れ始める。

匂い嗅ぎ
走ること
おいしい
何かの音
土の感触

それでもまだこの頃は、それぞれのうつわが整然とひとところに並んで、
しかもどこかでつながっているようだった。
前より時間はかかるものの、どれかにたくさん注いであげれば
だんだんに全部が満たされていく、そんな風だったと思う。


1歳半を過ぎる頃、そこに自己主張が加わる。
経験からも未知の世界が広がって、知らないことまで予想する。
見たこともないくせに、ここよりもっといい場所があるだろうと言う。
だんだん気が抜けなくなってくる。
うつわが完全に独立して、それぞれにきちんと注いであげないと満たされない。
それに気づけずに、すれ違いが生まれるようになったのも恐らくこの頃。


意識をして訓練を始めた2歳から半年ほど経った2歳半、現在。
特にこの1か月ほどは、霧の中にいるような気分で過ごす。
ちったがどうやっても満足しない。
ある程度までは行く、でも「こんなもんか」という顔をする。
諦めてほしくなくて、世界の外側はここまでって決めつけてほしくなくて、
ただどうしたらいいのか分からないから、できるだけ何もせずにいる。

ちったは確実に信号を発している。
「今だよ」「もっと速く」「もっとたくさん」。
それを捕えきれないのは私。
何をしてもまるでちったがいらついて、足踏みをしているよう。
分かってあげられない、追いつけない自分が歯がゆい。
私の限界を、ちったの限界にはしたくない。


そんな中、気まぐれで連れ出したいえの前。
前回2月28日(土)の訓練ではちったがひっきりなしに吠えて、
先生から私への指示も、私からちったへの指示も、まったく届かないという結果になった、
服従の練習をしてみる。
数日前の訓練で先生のおっしゃったこと、先輩たちから教えていただいたこと、
何度も繰り返し見た、当日のビデオの映像、いろんなものが頭の中でぐるぐる回る。

かちっと何かがはまるような感じで、突然ちったの欲求がよく分かる。
「そこ」って瞬間を捕えられると、ちったの目の輝き、表情が違う。
10m四方程度の範囲でちょこちょこ動き回るだけなのに、
ちったは地平線のはるか彼方を、大空のその向こうを、感じようとしているみたいだった。
大げさに聞こえるだろうけれど。

その時、ちったの中にうつわがあるのかもな、と考えた。
そしてそれは成長の遍歴を経て、今形も大きさも、場所や高さまでばらばらになった。
さらにそれが動き回ったり、影響を及ぼしあったり、大きさまでそのときどきで
変わっているのかもしれないなって。
ちょうどちったの中に銀河系がまるまるひとつ、入っているみたいに。


例えば日食を見ようとするなら、それが始まってからそこへ移動し始めるのでは追いつかない。
それがいつ起こるのかを知って、その時、そこにいなければ。
一度かちっとはまったからといって、それがいつでもはまる訳でもなくて
まだまだ不安ばかりけれど、
ちったのあの顔を見られるなら、ちったがいつもより大きくゆっくりな
寝息を立てられる夜をひとつでも多く迎えられるなら、
非力なりに精一杯、やっていこうと思う。

ニックネーム こた at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 災害救助犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする