2008年10月28日

くんれんくんれん

10月13日(月)、26日(日)、
またまた「最高に楽しい遊び」に行ってきた。


国鉄、地下鉄を乗り継いで、駅に着いたらキャリーバッグから出て歩く。
私の苦手な東京だけど、ちったは気にせずどんどん行くね。
会場に近づくにつれて興奮は高まっていく。
3回目にしてもう、ここに来たら楽しいことがあるって覚えているみたい。
しかも嬉しくて訳が分からなくなるという感じじゃない。
楽しみで仕方がなくて、傍目に見ても大はしゃぎだけど、
いいこにしてたら後で遊べるんだよね、と思っているのか聞き分けは悪くない。
いいことだ。


都会の中に忽然と出現する薮と、廃墟と見紛う程に怪しく連立する建物。
そこに犬飼いと犬達が集まって、訓練や勉強や、情報交換をする。
ちったを連れて、まだまだ慣れない私には、写真を撮る余裕が、
いや撮りたいなと思う余地があまりないようで。
今回も文章ばかりの記事になりそうです、ごめんなさい。


私とちったは「しつけ教室」というものに、1度しか参加経験がないから
ほんとのところはよく分からないのだけれど、
一般のお教室の、先生がひとりまたは数人いて、
飼い主は指導を受けて質問をするだけとはちょっと違う。
朝9時から夕方4時まで外にいっ放し、寒いとかあれ雨?とか蚊に刺されたよとか言いながら、
訓練の合間に話しているのか、話す合間に訓練なのかという具合で進んでいく。
そして指導をしてくれるのは先生だけじゃない。
経験を積んだ先輩方からもいろいろ教えていただけて、人の訓練を見て
学べることもたくさんある。
そんな間も、一分一秒が情報交換の場。
とりとめもないことからへぇぇと感心しきりなことまで、話の種は尽きることがない。
とにかく一度出かけていくことで、得られるものがとても多い。


それに何よりも、みんなでよってたかって犬達を可愛がっている感じがいい。
それぞれが自分の犬にだけじゃなく、自分の犬にするように他の犬のことも、
愛でて、気にかけてくれる。


さて肝心の訓練は。
結果から言うと、今回は以前に増して気もそぞろだったちった。
平地の、すぐ見える場所にある箱を使った捜索では、出発地点からおやつを見せながら、
声を出してちったの気を引きながら箱に向かうのに、少し離れるとすぐ
ちったの注意が他に逸れてしまう感じがした。
それは他の人が隠れてくれるときにはより躊躇で、どんなに声を嗄らして名前を呼んでもらっても、
気持ちがあちこちに向いてしまうようだ。
まぁ何をするのかまだ、頭の中ではっきり回路が繋がっていないんだろうなとも思うが、

・ごほうびに工夫をして飽きさせないようにする
・訓練にかちっと切り替わるように、日頃から遊びへの盛り上げを形式づける

などを頭に置いておこう。


脚側歩行ではまず最初の座った時点でこんな風にてろんとなって、

IMG_6701_s.jpg

「座らせるのもここ、ってこだわりを持ってできるようにならないとな。」と早速のご指導。
確かにね。
ご飯の前や散歩中に落ち着いて欲しいときにお座りをさせるわけだけれども、
別に私の真横や真正面で、ぴっとする必要は今まで全くなかったからね。
横座りでも気合入ってないなぁと思う反面可愛かったりもして。
ただ効力には波があった。
家でごはんを前にしたら30分でも真っ直ぐじっと座っていられるのが、
散歩中他の犬に合ったときには数十秒もいられないとか。
さっきの「遊びへの盛り上げを形式づける」と通じるところがある、

・合図の通りにしたらいいことがあって嬉しくってわぁびっくり

っていう気持ちをもっと刷り込むことだな。
だらだら曖昧に遊ばないで、遊ぶときはぴっと遊ぶ。
ちったは期待感というのはいつもものすごく持っていて、それはもう私が
右についていた肘を左にしただけでも、何かいいことが起こるかもってさっと動くんだから、
後は何をすればどんないいことが起こるのか、はっきり示してあげるだけでいい。
一番良くないのは私自身がどうしたいのか、何のためにそれを覚えさせようとしているのか
分からないでいる状態。
それが明確になっただけでも、普段の練習に芯が通るというもの。


次の訓練ではもっともっと、2倍も3倍も楽しめるように、
毎日一緒に練習していこうね。

ニックネーム こた at 18:06| Comment(4) | TrackBack(0) | 災害救助犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする